困るの値段 

僕が死んだら、多くのモノが残るんだろうな。
ふと、今日そんな風に感じた。
今までは、欲しいとか、必要だとか、
それなりにわけあってモノを買っていたけど、
子供の金銭教育をする中で、
自分の中で、ある種消去出来ない「想い」
の、様なものが生まれて、僕を悩ませている。


今回のコンピューターの件も、そう。
「欲しくはない」のだ、
そして「絶対必要でもない」のだ。
ただ、それがなくては『困るだけ』なのだ。


困る事は同時に僕の時間を使ってる事で、
確実に、それは死期に近づいている事になる。
僕は死ぬために生きているのではなく、
今を生きるために時間を節約したいのだ。
ただそれだけなに、その事にお金がかかる。


『困る』に関わる金額って、いくらまでが範囲なんだ?
また、こんな事に時間を使ってしまった。


ただ、この「こんなこと」が積もり積もって人生になってるんだよね。
心しないと、モノを買うと言う行動に対して。